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ドクター・デスの遺産 – 誰も悲しまない死

小説

読んだきっかけ

もともとは劇場版のレビュー動画をYoutubeで見たのがキッカケ。

動画内では映画の評価は低かったけど、小説は抜群に面白いとのことで興味を持った。ミステリー小説も好きなので購入。

ざっくりあらすじ

  • ある少年からの1本の通報。「闘病中の父が謎の医者に殺された」という。
  • 捜査一課の刑事である犬養は「ドクター・デス」と名乗る者が犯行に及んだと突き止める。ドクター・デスは安楽死希望者をウェブサイトで募り、20万円で請け負っている。
  • 捜査を続けるうちに安楽死を装った事件が次々と発生。
  • ドクター・デスは何者なのか?犯人の真相を暴くため、犬養はついに闘病中の娘をおとり捜査に使うも・・・

感想

テーマがテーマなだけに読了後はヘビー級ボクサーのパンチを食らった気分。真犯人が判明した後のクライマックスは有無を言わせぬ展開でたたみ込まれた。

「ちょっと気分転換に小説でも・・・」といった気持ちで読むのはオススメしない。くれぐれもご注意を。モヤモヤすること間違いなし。

小説の内容は「ドクター・デスは誰なのか?」という逮捕劇。地道な捜査でジリジリと犯人を追い詰めるところは、どことなく松本清張のような作風を感じた。

そしてメインテーマはなんといっても「安楽死・尊厳死の是非」。

主人公に様々な「安楽死事件」の現場へ捜査に向かわせ、安楽死と向き合い、闘病中の自分の娘と重ねて迷うプロットを仕立てたのは、読者に安楽死についての問題提起をする作者の意図があるのかもしれない。

普通の刑事ミステリーものとは一味違う

なので、一般的な刑事ミステリー小説とは一味違う。犯人のトリックや動機を楽しむことにはフォーカスが当たっていない。

その一つに主人公の迷いが挙げられる。「本当に安楽死は裁くべきなのか?」と、事件の捜査をしながらも犬養は迷う。刑事としての使命を遂行するのか、父としての気持ちを優先するのか。

葛藤する心理描写は作中の随所で垣間見え、犯人と対面するクライマックスシーンでは克明に描かれる。この点は主人公を刑事として設定していることが上手に機能してるなーと感じた。

刑事は国が定めた法律に則って、捜査・逮捕などして治安を維持する存在。じゃあ、逮捕する対象が安楽死の希望者を幇助するドクター・デスだったらどうなるんだろうか?

これは「死ぬ権利」を法律で支配していることになるんじゃないだろうか?そんな構図にも読み取れる。これは刑事を主人公にすること成り立つメッセージ性だと思う。

犯人側の視点も効いてる

あと、犯人側の視点を描写してるのも良かった。

なぜドクター・デスはドクター・デスになったのかも描いてる。しかも地の文が「一人称の語り手」で書かれているので、過去に犯人が経験したこと・感じてたことも伝わって臨場感がある。

このシークエンスは読者を犯人に感情移入させて物語に引き込むと思った。

よくある犯人の自白シーンは刑事や探偵、あるいは後日談として描かれることが多い。それだと少し犯人の心情と距離がどうしても生まれてしまう。

しかも、刑事側だけでなくドクター・デス側のを盛り込むことで、善と悪の境界線を曖昧にさせている感もある。ドクター・デスにも犯行に至る内情やストーリーがあるんだなと、一方的な勧善懲悪で終わらせない意図も感じた。

「一人称の語り手」についてはブログでも紹介した廣野由美子『批評理論入門』が分かりやすい。興味があれば是非読んでみてほしい。

倫理観は移ろいゆく

「倫理観」って実は曖昧なものかもなーと読んでて感じた。もっと言えば倫理観は法律で規定されか、なんかしらで恣意的に固められるものかもしれないと。

例えば作中で出てくる、犬養の上司の麻生班長はドクター・デスを犯罪者として痛烈に非難する。その根拠は「安楽死は法律は認められていない」から。

これって「人は殺しちゃいけない法律」があるから、破った犯人を「倫理観から外れた人」とみなしているだけですやん。

じゃあ仮に行動を制限する法律がなかったらどうなるのか?安楽死を認める法律が制定されたら僕たちの倫理観はどう変化するんだろうか?作中のとある登場人物にこんなセリフがある。

犯罪犯罪と言うけれど、それはまだこの国が安楽死の問題をタブー視しているからよ。安楽死の案件が多くなり、現状の規範では捌ききれないと知れた瞬間、安楽死は違法ではなくなる。

出典:中山七里『ドクター・デスの遺産』p.289

話は変わるけど僕は歴史が好きだ。

歴史を学ぶと過去の人たちが何を善として、何をタブーとしてきたかが分かる。そして過去の倫理観は現代の倫理観と乖離しているということも学べる。

倫理観はぜんぜん普遍的じゃない。やっぱり移りゆくし絶対的な善悪ってないよねと、この小説で再認識させられた。

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